前回の記事では、リストを作っただけの「仕組み化」が空回りし、本当の意味での環境設計の必要性に気づいたことを書きました。
「自分の頭の中にある暗黙知を言語化し、きちんとした教育の仕組みを作ろう」。そう決意した私でしたが、すぐにプレイングマネージャーならではの壁にぶつかります。
時間がない。
当時の私は、他のスタッフと同様に朝から晩まで患者さんのリハビリに入る、いちプレイヤーでした。腰を据えてマニュアルを作ったり、マネジメントを深く考えたりする時間を確保するのは、現実的にかなり厳しい状況でした。
そして、私がマネジメントに割く時間を生み出すには、現場の負担を分散させる新しいスタッフを採用するしかない。そう結論づけました。
経営陣との「認識のギャップ」
しかし、経営陣に相談しても、返ってくるのは「う〜ん、まあ増やせたらいいけどねぇ」という、なんとも消極的な反応でした。
誤解のないように言っておきますが、当院の院長や理事長は医療に対して真摯に向き合っており、決して損得だけで物事を判断しているわけではありません。ただ単に、「将来的にどんなリハ科を作っていくか」というビジョンが、まだ共有されていなかっただけです。
私自身も、明確なビジョンが先にあったわけではありません。現場は回っている。でも、もっと良くできるはずだ。その思いが先行していました。
そんな状況に対して、「もっと良くしたいんです!」という熱意だけをぶつけても、響くはずがない。それはわかっていました。
また、成果も出していないのに報酬を先に要求するのは、どうにも私の性分的に好きではありませんでした。
「どうすれば通るか」を考え始めた
では、どうすれば要望が通るか。
感情でも、未来の約束でもない、何か具体的なものを持って話しに行かないと、また同じになる。そう思い、とりあえず数字を出してみようと考えました。
リハ科が現状でどれだけの価値を生み出し、同時にどんな機会損失を出しているのか。それを数字として整理することにしました。
一般的な単位数だけを出しても、経営的な説得力には欠けます。私が目をつけたのは、以下のような「隠れた実績と課題」でした。
リハビリ来院に伴う再診料の推移。計画書算定数。スタッフの残業時間と稼働率のバランス。
そして、もう一つの交渉材料が、以前スタッフに提示して空回りしたあの数字でした。
視点を変えた「キャンセル率」の使い方
以前の記事で、キャンセル率をスタッフに提示してプレッシャーをかけ、うまくいかなかった話を書きました。提示したこと自体が間違っていたとは今でも思っていません。ただ、この数字には別の使い道があった。
当時の当院のドロップアウト率やキャンセル率は、決して低い数字ではありませんでした。私はこの事実を隠すのではなく、「ここを改善させられれば、もっと良くなる」という伸びしろとして、経営陣に提示しました。
「ドロップアウト率を下げる教育の仕組みを作りたい。でも今の私にはその時間がない。人を増やしてマネジメントの時間を確保させてくれれば、この穴が塞がり、再診料も含めてこれだけの利益が上がります」
慣れないExcelとの格闘
このロジックを証明するために、私は慣れないExcelを開きました。
どうすれば自動でドロップアウト率が計算できるか。「何人リハビリをしたか」がパッと見てわかる表をどう作るか。
そもそも、誰かに頼むという発想自体がなかった。理学療法士という仕事柄、PCや表計算ソフトに慣れているわけではない。Excelの数式も、お世辞にも使いこなせているとは言えなかった。
それでも、「こういうものが作れたら現場が見えやすくなる」というイメージだけはあった。そのイメージに向かって、ネットで調べ、試し、失敗し、また調べる。診療が終わった夜、その繰り返しでした。
数式が思い通りに動いた瞬間、達成感があった。畑違いの分野で、調べながら何かを自分の力で作れた、という感覚に近いものだったと思います。
思えば、この「患者管理のエクセルシート」こそが、私が現場に生み出した本質的な意味での最初の仕組み化でした。感覚ではなく、客観的な事実で現場を評価する土台が、皮肉にも経営陣への交渉準備という、わりと泥臭い動機から生まれました。
交渉の結果
この数字をもとに経営陣との交渉に臨み、結果として積極的に人数を増やす方向に向けて動き出す許可を得ることができました。
このデータが効いたのか、それとも熱意が伝わったのか、実際のところはよくわかりませんが、結果として自分の望んだほうに進んでくれました。
次の壁
ホッとしたのも束の間、すぐに次の問いが立ちはだかりました。
「人を増やす許可は出た。でも、どうやって当院の魅力を外部に伝え、人を集めればいいんだ?」
次回は、スタッフの人数を増やすために直面した「理学療法士業界の常識」と、実習生や外部に向けて「当院の魅力」をどう作っていったのかについて書いてみたいと思います。
皆さんは、上司や経営陣を説得するために、どんな工夫をした経験がありますか? よければコメントで教えていただけると嬉しいです。