業務時間内で人を育てるために、まず「時間」と向き合った話

「みんな頑張っているから、大丈夫なんじゃない?」

育成の重要性について院長に相談したとき、
返ってきた言葉は、こんなニュアンスでした。

「まあまあ、みんな頑張っているんだから、
そんなに心配しなくてもいいんじゃないの?」

決して否定されたわけではありません。
むしろ、私の肩の力を抜こうとしてくれた言葉だったと思います。

確かに、数値上は悪くありませんでした。

外来リハビリの現場では、患者さんが次から次へと来院し、
診療時間中はほとんど休む間もなく対応しています。

診療時間外には、
カルテ記載、書類作成、カンファレンスなど業務は多岐にわたり、
スタッフは皆、忙しく働いていました。

数か月に一度、昼の空き時間を使って勉強するのがやっと。
そんな現場の状況を考えると、

「今と同じ数字を維持したまま、
指導や育成を“業務として”行ってほしい」

そう簡単に言える話ではない、
ということも頭では理解できていました。


それでも残った違和感

スタッフが頑張っていないわけではありません。
やる気がないわけでもない。

理学療法士として成長したい。
患者さんを良くしたい。
その気持ちは、誰もが持っていると信じています。

ただ、問題はそこではありませんでした。

それが、
プライベートと天秤にかけられたとき、
どちらに傾いてしまうか。

やる気や意欲の問題ではなく、
「時間という余白」がないこと。

このままでは、
頑張っている人ほど疲弊し、
育成は個人の善意に依存し続けてしまう。

そんな違和感だけが、
私の中に残りました。


育成の前に、まず時間が必要だった

正直に言えば、
「育成の話をする前に、
こんなところから考えなければならないのか」
という無力感もありました。

それでも、
育成を「業務」として位置づけたいのであれば、
まずは時間を作ることが最優先だと考えました。

数字(単位)を落とさずに、
どうやって時間を捻出するのか。

そこで最初に取り組んだのが、
業務効率化でした。


すべてがうまくいっているわけではない

現在は、研鑽を業務の一部として組み込んでいます。
ただし、それがすべて良い面ばかりかというと、
決してそうではありません。

  • 「やってもらって当たり前」
  • 「与えられて当然」

そんな受け取られ方をしてしまう場面も、
正直あります。

それでも、
個人の自己犠牲の上に成り立つ育成より、
組織として支える形を模索する方が、
今の時代には必要だと考えています。


次回は、
具体的にどのように業務効率化を進め、
時間を作っていったのか
について、書いていこうと思います。

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