「まずは病院」という常識の中で、クリニックが新卒を採用するために考えたこと

前回の記事では、経営陣との交渉を経て、増員に向けて動き出す許可を得たことを書きました。

しかし、許可が出たからといって、すぐに人が来るわけではありませんでした。

当院は地域密着型の整形外科クリニックです。大きな病院のような知名度はなく、既卒者の中での認知度も高くありません。

正直なところ、給与を高めに設定すれば、人が来ないこともないとは思います。整形外科クリニックは全体的に給与水準が高めに設定されている傾向があり、条件面で勝負することは不可能ではありません。

ただ、私自身は「誰でもいいから人が欲しい」というわけではありませんでした。リハビリの質を向上させたい、学んでいく環境を整えたい、努力が評価される職場にしたい。そういう思いがありました。

それに、下手に給与を上げて採用することへの抵抗もありました。

中途で入ってくる人が悪いとか良いとかではありません。ただ、人手が欲しいという理由だけで高い給与を提示するのは、今まで長く頑張ってきたスタッフへの不義理になるのではないか。そんな思いがありました。

当院での働きをもって正当に評価されて給与が上がるならいい。でも、ただ採用のためだけに条件を上げるのは、私が好まない業界全体の風潮と同じ構造です。長く働いている人が報われにくい。それは、自分が変えたいと思っていたことそのものでした。

この問題にどう向き合っていくかは、また別の機会に書きたいと思います。

では、中途採用が難しいなら、新卒を採用できないか。そう考えました。

しかし、ここにも壁がありました。


理学療法士業界の「まずは病院」という常識

理学療法士の世界には、「まずは病院で経験を積むべき」という暗黙の常識があります。

学生時代、教員からも「最初は病院で幅広く経験を積んだ方がいい」と言われます。実習先でも、就職相談をした先輩からも、だいたい同じことを言われる。実際、理学療法士全体の約8割が病院勤務であり、クリニック勤務は1割程度です。

周囲のほとんどが病院出身者であれば、「まずは病院」というアドバイスが出るのは当然のことです。自分たちがそうだったから、そう言う。悪意があるわけではなく、むしろ善意からのアドバイスです。

ただ、結果として、学生にとっては「まずは病院」が常識になり、王道になっている。新卒でクリニックを選ぶという選択肢は、そもそも視野に入りにくい構造になっています。

誤解のないように言っておくと、病院で学ぶことの価値を否定するつもりはありません。急性期病院でリスク管理や動作介助、チーム医療を経験することは、理学療法士にとって重要な要素だとも思っています。クリニックでは、それらに触れる機会が少ないのも事実です。

病院とクリニック、どちらが優れていてどちらが劣っているという話ではありません。優先されるスキルや知識が違うだけです。

ただ、口には出さなくても、どこかにヒエラルキーのようなものがあるように感じることはあります。学生がクリニックを第一志望にすると、「本当にそれでいいの?」と心配されたり、周囲から遠回しに再考を促されたりすることもある。

そういう環境の中で、新卒がクリニックを選ぶというのは、いくつもの心理的ハードルを越え、周囲のアドバイスを押し切る必要がある、大きな決断なのです。


残された選択肢

中途採用は難しい。新卒は業界の常識の壁がある。

その中で、当院に残されていた現実的な選択肢は、実習生からの採用でした。

当時から、実習生の受け入れは行っていました。そして、実習をきっかけに当院への就職を決めてくれるスタッフも、一定数いました。

戦略的にそうしていたわけではありません。正直に言えば、それしか方法がなかったのです。

知名度のないクリニックが、業界の常識を越えて新卒を採用するには、まず「知ってもらう」ことが必要でした。実習という機会は、当院の雰囲気や考え方を直接伝えられる、数少ない接点だったのです。


当時の実習指導の実態

当時の実習指導に明確な方法論があったかと言えば、そうではありませんでした。

当時は当時で、一生懸命にやっていました。学生のためを思い、時間を割いていました。手を抜いていたわけではありません。

しかし、良い指導のノウハウがあったわけではなく、個人の熱意や能力に依存したものでした。どうしても昔ながらの指導になりがちで、「自分たちが受けてきた指導」を無意識に踏襲してしまっていた部分もあったと思います。

これは、以前の記事で書いたスタッフ教育の問題と同じ構造です。個人の善意や熱意に頼った指導は、うちだけでなく、業界全体に根強く残っているものではないかと感じています。

業界の常識を越えて、当院を選んでもらうには、今まで通りではだめだ。そう思いました。


ここから試行錯誤が始まった

実習生の受け入れを「採用のための手段」としてだけでなく、「教育の質を上げる機会」として捉え直していこうと思いました。

採用につなげるためには、実習の質を上げる必要がある。実習の質を上げるためには、指導の方法論を学ぶ必要がある。

まずは、実習指導や教育について体系的に学び直すことから始めました。

結果として、この取り組みは、採用だけでなく、リハ科全体の教育体制を見直すきっかけにもなっていきました。

次回以降、実習指導の中でどんな試行錯誤をしてきたのかについて、書いていこうと思います。


皆さんの職場では、採用や実習指導について、どのような工夫や悩みがありますか?よければコメントで教えていただけると嬉しいです。

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